都会の女の子に「地方の魅力」
を感じてもらうべく、
慶應大学在学中に
『ハピキラFACTORY』を起業した、
正能茉優(しょうのう・まゆ)さんと
山本峰華(やまもと・みか)さん。

今回は、
テレビや雑誌に取り上げられて
話題沸騰中の彼女たちに、
 
その活躍の裏側を聞いてきました!


山本峰華(やまもと・みか)さん(左)と
正能茉優(しょうのう・まゆ)さん(右)。
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都会の女の子と地方を繋ぐ通訳になりたい

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―はじめまして。
まず、『ハピキラFACTORY』の
活動内容を教えて下さい!



山本峰華さん(以下み):
(MacBookを開いて)
ちょうど今日、資料があるので
簡単にご説明しますね。

私たちの会社、
『ハピキラFACTORY』では、

『地方・日本にある魅力的な商材を
ハピキラに変身させ、
世界に発信していくことで、

地方・日本に興味のない女の子が
興味を持つキッカケを作る』

ということをやっています。

例えば、

今年(2013年)のバレイタインには、
小布施堂(長野県)の人気商品
『栗鹿ノ子』のバレンタインギフトを
プロデュースし、

渋谷PARCOさんなどで販売させて
いただき、おかげさまで
前年比の5倍近くの売上を
あげることができました。

この活動は、フジテレビさんの
『ニュースJAPAN』に
取り上げられるなど、

テレビや雑誌、ネットメディアなどで、
大変、大きな反響をいただきました。



正能茉優さん(以下ま):
『栗鹿ノ子』もそうですが、
地方には、実は魅力的な商品が
たくさんあります。
見た目がダサくて、
いまいち目にとまらないけど。

これからも、そうした商品を
地元の企業さんと相談しながら
かわいく変身させていき、

商材を入口に、
地方のファンを増やしていきたい

と思ってます!


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「間違えたー!!」

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―素晴らしいね!ふたりは、
どういうキッカケで起業したの?



み:2年前、長野県の小布施町で、
『小布施若者会議』を企画・開催した
ことがきっかけですね。



―もともと、まちおこしとかに
興味があったの?



ま:全然(笑)



―そうなんだ。何で参加したの?



み:ふたりとも、教授の紹介で。

『地域づくりインターン』というので
軽いノリで参加してみたんですが、

すぐに、
「うわ、間違えたー!!」
って思いました。



ま:思ったよね(笑)



―なんで?



ま:いや、いつも通り
ワンピースにヒールで行ったん
ですけど、なんか浮きました。

それから、電波がない。
夜8時になると、外に人がいない。
ホテルもないから、
寝るのは役場のソファー。

あと、インターン生は
私たち以外みんな男の子で、
 
しかもみんな、『まちづくり』が好き
とか言ってる子ばっかりなんですよ。

まゆそんなの興味ないのに!



―いやいや、『地域づくりインターン』
なんだから、当たり前すぎでしょwww



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小布施にて



ま:なんだかんだインターンの後も、
「何か面白いことできたらいいね」
ということで
 
月に1回は小布施に行ってましたが、
最初は電話代とか交通費も自腹でしたし
つらかった!(笑)



でもある日、なんとなく
ダボス会議がやりたくなって。

じゃあ、全国の若者を集めて
小布施で学生版のダボス会議
でもやってみるか、って思ったんです。

それで『小布施若者会議』なる
イベントの計画を始めたんですけど、

その計画を町長に話したら
「手始めに全国から250人学生集める!」
とか言われて
 
「嘘でしょwどうやって?」
って途方にくれましたね(笑)



―その意識でよく続いたね・・・。



み:運営は3人しかいなかったから、
私たちでやるしかなかったですね。

町の人のあたたかさに惚れた、
ということもありますけど。



ま:あと、私たちは、
小布施の方々からは
『東京のおかしい女子大生がきた』
と可愛がってもらってたので
 
なんだかんだで楽しかったですね(笑)

いつも東京で遊んで、そのまま
ワンピースとヒールで行っちゃうから、

向こうの人が心配して
ジャージとか届けてくれてました(笑)



―良くも悪くも?
異色のインターン生だったんだね。



ま:まゆたちは、
もともとまちづくりは素人で、
変なの!って思うことは『変なの!』
とハッキリ言っていたので、
それが逆に良かったのかも。

まちづくりに関わる方々は
みんな一生懸命で、
町への愛が溢れてて、
個人的には大好きなんですけど、

いろんなものが、
東京の女子大生には
受け容れ難いデザイン
だったりすることも多くて。

当時からそのあたりの違和感は
遠慮なく本音でぶつけてましたね(笑)



―「月1回は行ってた」
ってことだったけど、

長野県の小布施には
どれくらいの期間、通ったの?



み:2年半通いました。

当たり前ですが、地域には
独特のコミュニティーがあって

そう簡単には仲間だとは
認めていただけない
んですよね、学生だし。
 
中途半端な気持ちじゃない
ということを証明するためにも
2年半は通いました。



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小布施にて(2)



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「なんでこいつ泣いてるんだ。絶対やだ」

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―ところで、二人は前から知り合いだったの?



み:話したのは小布施が初めてです。

その前にも、見かけたことはあって、
そのときは、彼女、先生に怒られて
大学の大教室で
発表中なのに泣いてました(笑)

(大学生にもなって)
「なんでこいつ泣いてるんだ。
絶対やだ」
って思いました(笑)



―(笑) まゆちゃん、
なんで泣いてたの?



ま:私の発表を聞いていた先生が
偶然にも、私のAO入試の
書類の内容を知っていた
先生だったのですが、

「入学して3ヶ月たったけど、
入試の時と変わってないね。

成長しないなら、SFC辞めて
って言われて。



―うわ、厳しい。

でも、ちゃんと見てくれている
ってことが伝わってきて、
愛がある感じではあるね。


み:いい先生なんですよ。
2人とも、
その先生のことが大好きで、
その先生のゼミに入りました。(笑)



―それで、二人は小布施で再開する



み:小布施で会ってからは、
すぐに仲良くなりましたね。

そもそも、女の子がいなかったし、
同志みたいな(笑)

 


山本峰華さん



―もともと、ふたりはまちおこしや
まちづくりには興味が無かった
ということなんだけど、

どういう道を歩んできたの?


み:私は、それまでやってきたことで
関係があることと言えば、

おじいちゃんと
茶道をやってたことくらいですね。

でも、3.11がキッカケで
人生が大きく変わりまして。

それまでは、
結構血迷っていて(笑)

1年生の時に入ったサークルは
『国際協力』といいながら、
旅行行っているようなサークル
でしたし、

アナウンサーを目指して
学校に通って、
ずっと発声練習してました。


―うーん。悪くはないけど、
わかりやすくハリキリすぎて、
4月病みたいな感じだった
んだね(笑)



み:血迷ってました(笑)

で、そのうちに
アナウンサーじゃないな、
って思って、

方針転換して始めた
家庭教師の営業のバイトで
地獄を見ます。

なんか、気づいたら私以外、
みんな屈強なプロの契約社員
みたいな方なんですよ。

みんなそれで生計を立てている。

そういう人たちの中で
完全歩合制で契約を取らなければ
いけない。

これまた、
家庭教師を派遣する会社と
訪問先のご家庭の間に挟まれる
辛すぎる仕事だったのですが、

「とにかく1年間やりなさい」
という父の教えを守って
とにかく頑張っていたら、

気づいたら普通の社会人よりも
稼いでいました。

この仕事のお蔭で
3年生の時はバイトをしないで
過ごすことができたのと、

社会の厳しさの一端を
身を持って体感することができた、
という感じでした。



―血迷っている間に、
理想と現実の両端を見た、
という感じだね。

その頃に、3.11を迎える?



み:はい。

その頃、小布施にはもう行っていて、
3月11日も、ちょうど小布施に行く
予定の日でした。

今ではNPOになった『Youth for 3.11』
の運営メンバーになって、

全国の若者が被災地で
ボランティアするための

プラットフォーム作りをしました。

そこで今まで会ったことのない
優秀な先輩とかに会って、
一緒に運営して、

ただの大学生でも、
世の中にインパクトを残せるんだ!
と思いましたね。



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正能茉優さん



―茉優ちゃんは?
日本とか地方ってモノに触れる
機会は多かったの?



ま:まゆ、お琴はずっと習ってましたよ!
ママも妹もお琴弾きます。

だから、着物とかも普通に着てたし。

着物の日は特別でした。
親に傘をさしてもらえたりして。

あと、私は普段、
テレビや映画などを観ても
ほとんど泣くことがないのですが、
やはり東日本大震災の時の
津波の映像を見た時は、
初めて涙が頬を伝いました。

私って、やっぱ日本人だ――
改めてそう思ったり。

『日本』を感じる機会というと
それくらいですが、

後は、ちっちゃい頃から
こんぺいとう屋さんになりたかった
んです。



―・・・・・・はい?(笑) 



こんぺいとうやさんって
日本に1軒しかなくて、

そこの技術が
門外不出だったので、
そこの息子さんと結婚しようって

ずっと思っていました!

あとは、社会に触れて
何かを発信する機会には
恵まれてたかもしれません。

小学生の時からずっと、
読売新聞の子ども記者
をやっていて、

その後も、
社会問題を扱う本のゴーストライター
とかもやったり、

衆議院議員さんの学生秘書も、
勉強になりました。

あと、恋愛ゲームの
シナリオライターやってみたり!



―そんな二人が、
小布施で出会ったんだね。

『地域づくりインターン』なのに、
ワンピースとヒールで(笑)


つづく


(写真提供:ご本人)



(編集後記)

伝統芸能に触れつつ
社会問題を伝えてきた
正能茉優さんと、

今どきの大学生らしく
試行錯誤しながら
震災を機に意識が変わったという
山本峰華さん、

別々の道を歩んできた二人は
長野県の小布施で出会い、

地方の魅力と都会の女子の
出会いづくりという
共通の目的に向かって
進んでいった――

『間違えた!』から始まる
冒険譚は、
私たちにも何かを教えてくれる
気がします。

次回は
いよいよ、起業後の物語を聞きます!

『ハピキラFACTORY』のサイト
http://hapikira.com/

『ハピキラFACTORY』の
facebookページ


正能茉優さんのブログ