Girlsbeambitious!

女子大生起業家の会議に潜入してきた【動画あり】

おはようございます。

女子大生起業家
「ハピキラFACTORY」
の会議に潜入し、

その様子を動画に
まとめてみたので御覧ください。

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

なお、適当に繋ごうと思ったら、
素人なので思いの外、
苦戦してしまいました。。。

頑張りすぎて
なんなんが卒業したニュースに
気付かなかったほどです。

*:--☆--:*:--☆--:

まぁ、頑張ったアピールは
これくらいにして、

「動画なら後で見るぜ」
って人たちのために、

まず見どころを
キャプチャ画像でご紹介
(・∀・>

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜

happykira1124
△女子大生起業家、
「ハピキラFACTORY」
の自己紹介!


happykira1124-001
△リアルな彼女たちの
活動の様子が明らかに!

happykira1124-002
△お姉さんの仕事を手伝う
妹さんのコメントに激しく納得。


happykira1124-004
△彼女たちの「帳尻を合わせる」
覚悟は、いつも感動させられます


というわけで、
こちらの動画を是非ご覧下さい!

ポロリはありません。

↓ ↓ ↓




動画の中にあったように、
ハピキラのみなさんは、

全国各地のおいしいもの情報を
募集しています!

見た目がちょっと今ひとつでも、
地元の人々の思いがつまった
おいしいスイーツの情報を、

ハピキラのみなさんまで
お寄せ下さい!!

→facebookページはこちら

→twitterアカウントはこちら

*:--☆--:*:--☆--:

「ハピキラFACTORY」について
詳しくお知りになりたい方は、
こちらの記事もご参照!

Girls, be ambitious!(5)―女子大生起業家、ハピキラFACTORY

*:--☆--:*:--☆--:

では、おやすみなさーい。


<外部リンク> 

『ハピキラFACTORY』のサイト
http://hapikira.com/

正能茉優さんのブログ
 

帳尻は、後から合わせるもの

前回からの続き。

地方の商品と都会の女の子を繋ぐ
『ハピキラFACTORY』を起業して、

ひとつひとつの困難を
乗り越えていくふたり。

最終会の今回は
成功の秘密と
これからの展望を聞きます。

 

2013-07-01 13 37 47
正能茉優(しょうのう・まゆ)さん(左)と
山本峰華(やまもと・みか)さん(右)。



---

「言っちゃった以上は、やるしかない」「最高の借り物競争しちゃおう」

---

―これまで、ふたりが直面した
リアルな課題について聞きましたが、

立ち上げて1年たたずして
メディアにも取り上げられて
実際に成果もあげて、

色々あったけど、
最高のスタートを切れたんじゃない?



山本峰華さん(以下、み):
そうですね。

色々な方々に支えられて、
お蔭様でいいスタートが
切れたと思います。



―学生社会起業家として
注目されてるよね。



正能茉優さん(以下、ま):
メディアでは、すっかり
エシカル(倫理的)な人
というイメージになっちゃっていて、

それはそれでありがたいんだけど、
実際はそんなキレイな話じゃない。

好きなことをやってるだけだけど、
「結果としてエシカル」なの。



―そうだよね。
最初に事業の内容を聞いて、
今どきのお二人に会った瞬間は、
正直、

(カワイイ女子大生が
『地方の再生』とか
耳障りのいいことを言って、

表面的なところだけを
綺麗に着飾って

肝心なことは大人に甘えて
助けてもらってるんだろうな)

と心のどこかで思っていた。


でも、話を聞いてみたら
全然、違っていたので、
自分が恥ずかしい。


ふたりとも、
自分を大きく着飾るどころか、
身体ひとつで、現実に体当たり
してる。



ま:調子に乗って

「イケてることするの!
楽しいこと見つけたの!」

言っちゃった以上は、
やるしかない。

お仕事はいつもその繰り返しです。


商品のデザインを一晩でつくって
取材に出しちゃった時も、

1,000個の商品を前にした時も、
そう。

後から帳尻合わせるしかない。


今思えば、もっといいやり方が
あったと思うし、

各方面にご迷惑をおかけしたことも
多いと思うので、
それは申し訳ないんですけど。

でも、その時、その時で
ベストを尽くしていたと思います。


とにかく、
帳尻を合わせるのに必死(笑)

友だちや知り合いに
全部全部助けてもらいました。
 
まゆは何もできないから
「借り物競争じゃん」
って思うときもあるけど。

でも、だったら
最高のメンバーに
最高のモノを借りて
最高の借り物競争しちゃおう
って。(笑)



―最初も、会社のトップに
直接電話したとか


ま:クライアントさんなしでは
仕事にならないので、
 
「いっしょにやろう」と
言っていただけるまでは
 
こちらからお願いしていくしかない
と思いました。

でも、お願いするなら、
トップの方にお願いした方が
いいかなって。

周りの人からは、
「社長に直接電話できるのは、
茉優ちゃんくらいだよ」
とあきれられますが、

電話帳漁って、
電話しちゃいます。(笑)



―そうした行動力だけでなく、
その前に地道な2年半が
あったよね



ま:最初は
(地域づくりインターンに参加して
あまりにも場違いだったので、)
 
「間違えた」と思いました。
遊べる所ないし。

でも、小布施の人たちに
その後も本当にお世話になり、
ちょっとずつ仲良くなって
その2年半が後々になって生きました。

地方の状況やそこに暮らす方々の思いは
一朝一夕にわかるものではないので、
あの2年半があってほんとに良かった。



0301
小布施町の町長さんと

---

「かわいい」には、こだわって

---


―ほかに、こだわっているところとかある?



ま:今を生きる女の子たちの
リアルな「かわいい」にはこだわってます。

お仕事してると、色ひとつとっても、
「なんでこのピンク選んじゃうの?」
ということはよくあります。

バレンタインの「かのこっくり」も
サンプル品の色合いを、
長野のメトロボリタンホテルの外に出て、
太陽の光の下で確認したり

ひとつひとつ、
本当にかわいいかどうか?
本当に自分は欲しいかどうか?
に気をつけてます。



―「かわいい」って難しいよね。
男の「かわいい」とは明らかに違う



まゆたちの「かわいい」は
女の子が、
「それを身に着けた時に、
自分がかわいく見える」
と思えるものって定義なんです。

マカロンがかわいい
っていうのも、

実際、マカロンって
別にそれ自体はかわいくない
じゃないですか(笑)

それでも買っちゃうのは、
 
食べてる自分がかわいい
買って誰かにあげてる私って素敵

という方が近いですよね。



―なるほど!


ま:こうした感覚を活かして、
地方の名産品を、
かわいくしていきたいんです。
 
だって、中身は本当に素敵な
モノばかりだから!

―ところで、
みかちゃんはもう働いてるんだよね。

なかなか時間が合わなくなって
大変じゃない?



み:確かに、以前に比べると時間は
自由ではないですが、

もともと仕事の連絡も
LINEで取り合っていたので、

会えないことは問題ないですね。



―LINE!今どきだね。



み:やっているお仕事の
進捗状況の確認とかは
もちろんLINEだし、
 
ハピキラはデザインが重要だから、
デザインもLINEで決めていきます。

「こんなイメージのものを作りたい」
ってデザイナーの子に言うと、

その子が「こんな感じ?」
ってデザインを送ってくれるんです。
 
それからの微調整も全部
LINEで出来ちゃいます。

ハピキラの商品のアイデアも
LINEでやりとりするので、
 
ハピキラの商品は
LINEから始まってますね。


line
LINEでのやり取り

spcap
スマホの中には、お仕事関連の画像がたくさん!


---

「日本中を“ハピキラ”にして、ハピキラJAPANをつくりたい」

---

―最後に、ハピキラFACTORYの
これからについて、聞かせて下さい。



ま:3年後、ハピキラショップを
空港につくりたいですね。

クールジャパンに
一刻も早く勝ちたい!


羽田空港とかにいくと、
各地の名産品とか日本っぽいお土産が
売ってるじゃないですか。

でも、なかなか私たちが
かわいいと思えるものがないんです。

いろんな地方の名産品を
かわいくして、
 
日本のハピキラなお土産を入口に
日本のファンを増やしていきたいな
って思ってます



―全国展開だね。



ま:はい。

女の子の立場、女の子の感覚で
日本中をハピキラにして、

ハピキラJAPANを
つくりたいです。

世界中で売りたいですね。


最近は、
お蔭様で、長野県以外からも
お話をいただくようになりました。


でも、もちろん、
小布施の方々との活動も
続けますよ。
ホームだもん。

先日も実際に、
『浄光寺』というお寺では
縁結び絵馬の企画制作を
お手伝いさせていただきました。



―地方と都会をつなげる意味は?


ま:都会は物質的に豊かだから

「地方にない、
かわいいモノがたくさんある!」

と思う一方で、

精神的な豊かさは
ちょっと足りないなと思います。



―地方には、
それを満たす物語があるけど、
都会のかわいさがない。

だから、
つなげる意味があるんだね。


ま:はい。それから、
『かわいい』を軸にしたお仕事も。

今、スーツのプロデュースも
させていただいているんです。

女の子が一緒に歩きたいデザイン
という視点から。



―かわいいにも、こだわっているもんね。


ま:はい。
ハピキラをつくる前は、
吉野家をもう少しかわいくして
「女子ノヤ」を作れないかと
真剣に考えたこともあったくらい(笑)



―このコンビなら、いろいろできそう。
起業を考える学生に伝えたいことってある?



み:ぶっとんだことをやる人と、
支える人(笑)

私たちみたいな普通の女の子でも
楽しくできるんだよ、ってことを
少しでも伝えられればと思います。

もちろん、ある程度、秩序が無いと
大きいことはできないと思いますし、

社会人としての
常識的な仕事の進め方を知る

という意味では、社会に出て
勉強になることは多いです。 

でも、学生にしかできないことも、
きっとあると思って。



―そうだよね。
ご両親も、ふたりの活躍に
驚いているんじゃない?


ま:親は起業したことを
人づてに聞いたみたいで、

「・・・くんのママから連絡がきて、
あなた会社つくったの?」
とメールがきました。



t02200239_0713077612279530387
山本峰華さん



み:うちは、おじいちゃんが
記事をおっきく印刷してましたね。

それから、そういえば、
あるとき、ケータイに電話がかかってきて。

「山本さま、
いい人が見つかりました
って。 

男性のプロフィールを言われて
「いかがでしょぅか?」

と尋ねられたので何かと思ったら、
 
心配した親が
結婚相談書に登録していた
みたいで。

大学生らしく、
デートとかしてなくていいの?
とか、そっちが心配な様子(笑)



―(爆笑)
 
では、社長からも、
起業を考える学生にメッセージを。



ま:まゆは、なんにもできないですが、
でも、なんにもできないことって
実は最強なんじゃないかな
と最近思います。

だって、みんなが助けてくれるから。

なんにもできない人こそが
なんでもできる世の中なんです。

ということで、
とにかく楽しくハッピーに今を生きて、
大好きな人と大切な人を
たくさんつくること!

そうしたら、なんでもできちゃうと思います!

sw
(写真提供:ご本人)

 ★ ★ ★
 
(編集後記)

インタビュー中でも述べているが、
とにかく驚いたし、恐れ入った。

女子大生のキレイゴトに
大人が飛びついているだけだと、

私はどこかで彼女たちを
ナメていたと思う。

彼女たちの戦いは、
社会人と少しも違わない。

おんなじ戦場で戦っている。
 
それも、会社という盾も無しに。

そして、盾を持たずに
(両手に剣を持って?)戦う
彼女たちは、

身軽で、でも軸はとてもしっかりしていて、
重い盾を持ったオトナを横目に、

お互いの背中を預けて、
ふたりの理想の地に向かって、

日々傷つきながら、
一日いちにちをとっても大切に
生きている。

おわり★


『ハピキラFACTORY』のサイト
http://hapikira.com/

『ハピキラFACTORY』の
facebookページ


正能茉優さんのブログ


「クリスマスまでに彼氏じゃなくて会社つくる!」

前回からの続き。

別々の道を歩んできた二人は
長野県の小布施で出会い、

地方の魅力と都会の女子の
出会いづくりという
共通の目的に向かって
進んでいった――

今回は
いよいよ、起業後の物語を聞きます!

正能茉優(しょうのう・まゆ)さん(左)と
山本峰華(やまもと・みか)さん(右)。


---

「クリスマスまでに彼氏じゃなくて会社つくる」


---

―結局、なんで会社をつくることになったの?


山本峰華さん(以下、み):
2年半、通い続けて準備した
小布施での『若者会議』が
無事、成功に終わり、

私たちの興奮は
帰りの新幹線の中でも
冷めませんでした。

その時は、まだ漠然と

ようやくひと仕事終えたし、
クリスマスまでに彼氏をつくろうとか、
そういう他愛もない話の中で、

地方のためにこれからも何かしたいね、
などと話していたのですが、

数日後、まゆちゃんから連絡が来ます。

「ねー!

やっぱり、
クリスマスまでに彼氏じゃなくて、
会社つくる

と。

私が、
「それ、いいじゃん。
でも、何をする会社?(笑)」
と尋ねると、

「こんぺいとう屋さんになる」

とのこと。



―・・・・・・はい?



正能茉優さん(以下、ま):
まゆ、小布施若者会議が終わって、
「地方のために何かしたい!」
と思ったときに

こんぺいとう屋さんと結婚するのが
小さい頃からの夢だったことを
思い出したんです。

こんぺいとうの専門店って
日本にたった1軒しかなくて、

その技術は一子相伝で門外不出って
どこかで聞いたんですよ。

それで、
大好きなこんぺいとうをつくるには、
そこの家に嫁入りするしかない、と。



―さっき言ってたね、それ。



ま:でも、冷静に考えたら、
そんなにこんぺいとう屋さんは
やりたくなくて、
 
“日本”とか“伝統”を感じるモノに
新しい風を吹き込みたいって
思いだったんだなと気付いて。

それで日本をハピキラにするために
地方のモノを好きになってもらう会社
をつくることにしました。

都会の子に地方に興味をもらうのって
なかなか難しいけれど、
 
まずモノから好きになってもらえば
いいやって思って。


mayu02
正能茉優さん(クリスマスVer)



---

「商品ができてない!」

---


―実際に始めてみて、大変だったことは
何ですか?


ま:早速、小布施の
代表的な栗菓子屋さんである
小布施堂さんの商品で
ご一緒させていただける
ことになりました。

小布施堂さんは、地元を代表する
すごい会社さんなので、

幸運にもそのお仕事を
いただけたこともそうですが、

私たちにとっては
全ての事が初めての体験でしたので、
挑戦の連続でした。

バレンタイン用の商品を
プロデュースさせていただく
ことになり、
 
年末くらいから
新聞や雑誌に取材していただく
ことができたのですが、

会社や商品のパンフレットどころか
名刺も持ってない状態でした。

特にヤバかったのが、
週刊女性さんの取材ですね。


―どうしたの?

み:私たちがプロデュースした
バレンタイン用の『栗鹿の子』
の写真を撮ってもらう予定
だったのですが、

その取材前日になっても
パッケージのデザインなど
まだ何にも決まってなかった
んです。



―・・・え。
どうしたの、それ?


ま:「やばいやばい!
商品できてないじゃん。

ってなって、

デザイナーの友達に
協力してもらって、

新宿のマックで深夜まで
工作しました(笑)



―・・・・・・。



み:出来上がったころには
終電が無かったので、

楽しくなっちゃってみんなで
カラオケ行ってオールして。

翌日、できたてホヤホヤの見本を
編集部に持っていくと、

「このサンプル、
いただいていいですか?」
と聞かれました。

でも、
(世界にひとつしかないからなー)
と思いまして、

「すいません、これは
お渡しできないんです」

と言いました。



―(笑)

それで、小布施堂さんへは
その後で持って行ったの?



ま:はい。

そしたら、
とんでもない原価が出てきて。

「こんなに特殊な曲線は
安くできないよ」

みたいな。

そうなの??

そりゃあ、手描きのハートだもん(笑)

でも、
もう雑誌の取材受けちゃったから、
このデザインでいくしかない。

誰かに教えてもらった
『相見積もり』なるもので
コスト削減するしかないわけですね。



―おお。凄い。



ま:やったことないですけどね。
そのままじゃ原価が高すぎて
赤字確実だから、やるしかない。

はじめて仕事っぽいことを
やったかも(笑)

ところが、実は
見積もりを取るまでが大変でした。

地方の伝統的な会社さんって、
何十年も前から
お付き合いのある会社さんに
発注する文化があるんですよね。

そういう『大人のルール』があるので
そもそも相見積もり自体がタブーで。

お許しをいただくまでが大変でした。

parco
 渋谷パルコにて


---

「こんなに、売れるわけないょ・・・」

---

―いざ、やってみると
そういうリアルな苦しみがあって、

ようやく商品が出来上がる。

そしたら今度はそれを
売らないといけませんよね。

売るときの苦労はありましたか?



ま:実際に商品がダンボールで届くと、
途端に恐怖が襲ってきましたね。

「こんなに、売れるわけないょ…」
って。

(自分自身も)
パルコさんの店頭に立って
売ることになっていたのですが、

数字ではわかっていたものの、
実際に目にしてみると、

「1,000個ってこんなにあるんだ…」
みたいな。

「売れなかったらどうしよう?」
と思って、

まゆ、もう前日はリアルに
死のうと思ったもん。


初日から売行きは好調だったのですが、

雪が降ったりして
お客さんがあまり来ない時間帯などもあり、

そういう時間帯は、
気が気ではありませんでした。


そんな感じで、何とか売り続ける
不安な毎日だったのですが、

フジテレビさんの『ニュースJAPAN』に
特集していただいてからは
一気に勢いが出て、

実際は全然そんなんじゃないのに、
「地方を救う救世主」
みたいに言っていただいて、
 
周りの方からも一段と
応援してもらえるようになりました。


「頑張って」とか声をかけて下さる方
の中には、
まゆたちがモノ売ってんのに、
ケーキとかシュークリームとか
モノくれる方もいました(笑)

終わってみれば
(パルコ分の)1,000個は
期間内に完売。

「やっぱりなんとかなるじゃん!」
って嬉しくなっちゃって
 
その足で焼肉とカラオケで
打ち上げしました!

私たちカラオケ行き過ぎですね。

つづく

pri
(写真提供:ご本人)


(編集後記)

頭では「当たり前」だと
思えることでも
 
【実際にやってみる】と
様々な困難がつきまとう。

特に、1,000個の商品を前にした時の
恐怖、というのは印象的だった。

彼女たちにとっては、
全てが初めてのことだった。

それでも、彼女たちは
ひとつひとつ乗り越えていく。

彼女たちの取組みの内容も成果も
そりゃあ素晴らしいとは思うけど、

その実行の過程が素晴らしい。

次回は
この、かわいくてカッコイイ
二人の『実行者』たちに、

成功の秘密と
これからの展望を聞きます。
 

『ハピキラFACTORY』のサイト
http://hapikira.com/

『ハピキラFACTORY』の
facebookページ


正能茉優さんのブログ


Girls, be ambitious!(5)―女子大生起業家、ハピキラFACTORY

都会の女の子に「地方の魅力」
を感じてもらうべく、
慶應大学在学中に
『ハピキラFACTORY』を起業した、
正能茉優(しょうのう・まゆ)さんと
山本峰華(やまもと・みか)さん。

今回は、
テレビや雑誌に取り上げられて
話題沸騰中の彼女たちに、
 
その活躍の裏側を聞いてきました!


山本峰華(やまもと・みか)さん(左)と
正能茉優(しょうのう・まゆ)さん(右)。
---

都会の女の子と地方を繋ぐ通訳になりたい

---

―はじめまして。
まず、『ハピキラFACTORY』の
活動内容を教えて下さい!



山本峰華さん(以下み):
(MacBookを開いて)
ちょうど今日、資料があるので
簡単にご説明しますね。

私たちの会社、
『ハピキラFACTORY』では、

『地方・日本にある魅力的な商材を
ハピキラに変身させ、
世界に発信していくことで、

地方・日本に興味のない女の子が
興味を持つキッカケを作る』

ということをやっています。

例えば、

今年(2013年)のバレイタインには、
小布施堂(長野県)の人気商品
『栗鹿ノ子』のバレンタインギフトを
プロデュースし、

渋谷PARCOさんなどで販売させて
いただき、おかげさまで
前年比の5倍近くの売上を
あげることができました。

この活動は、フジテレビさんの
『ニュースJAPAN』に
取り上げられるなど、

テレビや雑誌、ネットメディアなどで、
大変、大きな反響をいただきました。



正能茉優さん(以下ま):
『栗鹿ノ子』もそうですが、
地方には、実は魅力的な商品が
たくさんあります。
見た目がダサくて、
いまいち目にとまらないけど。

これからも、そうした商品を
地元の企業さんと相談しながら
かわいく変身させていき、

商材を入口に、
地方のファンを増やしていきたい

と思ってます!


obusedoh



---

「間違えたー!!」

---

―素晴らしいね!ふたりは、
どういうキッカケで起業したの?



み:2年前、長野県の小布施町で、
『小布施若者会議』を企画・開催した
ことがきっかけですね。



―もともと、まちおこしとかに
興味があったの?



ま:全然(笑)



―そうなんだ。何で参加したの?



み:ふたりとも、教授の紹介で。

『地域づくりインターン』というので
軽いノリで参加してみたんですが、

すぐに、
「うわ、間違えたー!!」
って思いました。



ま:思ったよね(笑)



―なんで?



ま:いや、いつも通り
ワンピースにヒールで行ったん
ですけど、なんか浮きました。

それから、電波がない。
夜8時になると、外に人がいない。
ホテルもないから、
寝るのは役場のソファー。

あと、インターン生は
私たち以外みんな男の子で、
 
しかもみんな、『まちづくり』が好き
とか言ってる子ばっかりなんですよ。

まゆそんなの興味ないのに!



―いやいや、『地域づくりインターン』
なんだから、当たり前すぎでしょwww



obuse (2)
小布施にて



ま:なんだかんだインターンの後も、
「何か面白いことできたらいいね」
ということで
 
月に1回は小布施に行ってましたが、
最初は電話代とか交通費も自腹でしたし
つらかった!(笑)



でもある日、なんとなく
ダボス会議がやりたくなって。

じゃあ、全国の若者を集めて
小布施で学生版のダボス会議
でもやってみるか、って思ったんです。

それで『小布施若者会議』なる
イベントの計画を始めたんですけど、

その計画を町長に話したら
「手始めに全国から250人学生集める!」
とか言われて
 
「嘘でしょwどうやって?」
って途方にくれましたね(笑)



―その意識でよく続いたね・・・。



み:運営は3人しかいなかったから、
私たちでやるしかなかったですね。

町の人のあたたかさに惚れた、
ということもありますけど。



ま:あと、私たちは、
小布施の方々からは
『東京のおかしい女子大生がきた』
と可愛がってもらってたので
 
なんだかんだで楽しかったですね(笑)

いつも東京で遊んで、そのまま
ワンピースとヒールで行っちゃうから、

向こうの人が心配して
ジャージとか届けてくれてました(笑)



―良くも悪くも?
異色のインターン生だったんだね。



ま:まゆたちは、
もともとまちづくりは素人で、
変なの!って思うことは『変なの!』
とハッキリ言っていたので、
それが逆に良かったのかも。

まちづくりに関わる方々は
みんな一生懸命で、
町への愛が溢れてて、
個人的には大好きなんですけど、

いろんなものが、
東京の女子大生には
受け容れ難いデザイン
だったりすることも多くて。

当時からそのあたりの違和感は
遠慮なく本音でぶつけてましたね(笑)



―「月1回は行ってた」
ってことだったけど、

長野県の小布施には
どれくらいの期間、通ったの?



み:2年半通いました。

当たり前ですが、地域には
独特のコミュニティーがあって

そう簡単には仲間だとは
認めていただけない
んですよね、学生だし。
 
中途半端な気持ちじゃない
ということを証明するためにも
2年半は通いました。



obuse
小布施にて(2)



---

「なんでこいつ泣いてるんだ。絶対やだ」

---

―ところで、二人は前から知り合いだったの?



み:話したのは小布施が初めてです。

その前にも、見かけたことはあって、
そのときは、彼女、先生に怒られて
大学の大教室で
発表中なのに泣いてました(笑)

(大学生にもなって)
「なんでこいつ泣いてるんだ。
絶対やだ」
って思いました(笑)



―(笑) まゆちゃん、
なんで泣いてたの?



ま:私の発表を聞いていた先生が
偶然にも、私のAO入試の
書類の内容を知っていた
先生だったのですが、

「入学して3ヶ月たったけど、
入試の時と変わってないね。

成長しないなら、SFC辞めて
って言われて。



―うわ、厳しい。

でも、ちゃんと見てくれている
ってことが伝わってきて、
愛がある感じではあるね。


み:いい先生なんですよ。
2人とも、
その先生のことが大好きで、
その先生のゼミに入りました。(笑)



―それで、二人は小布施で再開する



み:小布施で会ってからは、
すぐに仲良くなりましたね。

そもそも、女の子がいなかったし、
同志みたいな(笑)

 


山本峰華さん



―もともと、ふたりはまちおこしや
まちづくりには興味が無かった
ということなんだけど、

どういう道を歩んできたの?


み:私は、それまでやってきたことで
関係があることと言えば、

おじいちゃんと
茶道をやってたことくらいですね。

でも、3.11がキッカケで
人生が大きく変わりまして。

それまでは、
結構血迷っていて(笑)

1年生の時に入ったサークルは
『国際協力』といいながら、
旅行行っているようなサークル
でしたし、

アナウンサーを目指して
学校に通って、
ずっと発声練習してました。


―うーん。悪くはないけど、
わかりやすくハリキリすぎて、
4月病みたいな感じだった
んだね(笑)



み:血迷ってました(笑)

で、そのうちに
アナウンサーじゃないな、
って思って、

方針転換して始めた
家庭教師の営業のバイトで
地獄を見ます。

なんか、気づいたら私以外、
みんな屈強なプロの契約社員
みたいな方なんですよ。

みんなそれで生計を立てている。

そういう人たちの中で
完全歩合制で契約を取らなければ
いけない。

これまた、
家庭教師を派遣する会社と
訪問先のご家庭の間に挟まれる
辛すぎる仕事だったのですが、

「とにかく1年間やりなさい」
という父の教えを守って
とにかく頑張っていたら、

気づいたら普通の社会人よりも
稼いでいました。

この仕事のお蔭で
3年生の時はバイトをしないで
過ごすことができたのと、

社会の厳しさの一端を
身を持って体感することができた、
という感じでした。



―血迷っている間に、
理想と現実の両端を見た、
という感じだね。

その頃に、3.11を迎える?



み:はい。

その頃、小布施にはもう行っていて、
3月11日も、ちょうど小布施に行く
予定の日でした。

今ではNPOになった『Youth for 3.11』
の運営メンバーになって、

全国の若者が被災地で
ボランティアするための

プラットフォーム作りをしました。

そこで今まで会ったことのない
優秀な先輩とかに会って、
一緒に運営して、

ただの大学生でも、
世の中にインパクトを残せるんだ!
と思いましたね。



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正能茉優さん



―茉優ちゃんは?
日本とか地方ってモノに触れる
機会は多かったの?



ま:まゆ、お琴はずっと習ってましたよ!
ママも妹もお琴弾きます。

だから、着物とかも普通に着てたし。

着物の日は特別でした。
親に傘をさしてもらえたりして。

あと、私は普段、
テレビや映画などを観ても
ほとんど泣くことがないのですが、
やはり東日本大震災の時の
津波の映像を見た時は、
初めて涙が頬を伝いました。

私って、やっぱ日本人だ――
改めてそう思ったり。

『日本』を感じる機会というと
それくらいですが、

後は、ちっちゃい頃から
こんぺいとう屋さんになりたかった
んです。



―・・・・・・はい?(笑) 



こんぺいとうやさんって
日本に1軒しかなくて、

そこの技術が
門外不出だったので、
そこの息子さんと結婚しようって

ずっと思っていました!

あとは、社会に触れて
何かを発信する機会には
恵まれてたかもしれません。

小学生の時からずっと、
読売新聞の子ども記者
をやっていて、

その後も、
社会問題を扱う本のゴーストライター
とかもやったり、

衆議院議員さんの学生秘書も、
勉強になりました。

あと、恋愛ゲームの
シナリオライターやってみたり!



―そんな二人が、
小布施で出会ったんだね。

『地域づくりインターン』なのに、
ワンピースとヒールで(笑)


つづく


(写真提供:ご本人)



(編集後記)

伝統芸能に触れつつ
社会問題を伝えてきた
正能茉優さんと、

今どきの大学生らしく
試行錯誤しながら
震災を機に意識が変わったという
山本峰華さん、

別々の道を歩んできた二人は
長野県の小布施で出会い、

地方の魅力と都会の女子の
出会いづくりという
共通の目的に向かって
進んでいった――

『間違えた!』から始まる
冒険譚は、
私たちにも何かを教えてくれる
気がします。

次回は
いよいよ、起業後の物語を聞きます!

『ハピキラFACTORY』のサイト
http://hapikira.com/

『ハピキラFACTORY』の
facebookページ


正能茉優さんのブログ


鋭くユニークな切り口で、文化と文化をつなげる存在

前回からの続き。

同居する高度な論理と感性が
周りの人を惹きつけてやまない彼女、

最終回の今回は
今後の活動の方向性について
聞きます!





---

『つながる』歓びを誰よりも知っている人

---



―最後に、これからの活動の方向性
について教えて下さい。


草野絵美さん(以下、絵):
これまで色々やってきましたけど、
文化と文化をつなげたい、という
軸はぶれてないつもりです。



―話を聞いて、

絵美ちゃんは
人と『つながる』歓びを
だれよりも知っている人
なんじゃないかと思いました。

最近も、社会人一年目の子に

あるスゴい人に会うから
「失礼の無いようにしろよ」
 
と言ったら、

「(余計なことを言わないように)
黙っときます」
 
って言われてビックリした
ことがあって、

みんながそうだとは思わないけど、
 
面倒なことになるくらい
だったら人と関わらない

 
っていう子が増えてきている
気がするんだよね。


その点、
本人に魅力があったとはいえ、
 
今までいろんな人の助けもあって
充実した人生を送ってきた
絵美ちゃんは、

人とつながることで得るものが多い
ってことを知っている。


リスクサイドだけを見て、
人と関わるのをやめようとする
子とは対照的だよね。



絵:人と関わることで、
直接、助けてもらえる以外にも
勉強になることがいっぱいあります。

人間が一番いい教科書
だと思うんです。

もちろん、
誰にでも好かれるわけじゃないけれど、

どんな人からも、
必ず何かを学ぶことができる
と思うんですよ。

生身の人間は面白いじゃないですか。
本なんかと違って不確実性も高い。

何か影響を受けて
自分が変わるかもしれないし、
他人が変わるかもしれない。



―結局は、
その向上心なのかもしれないなあ。
大切なことは。



絵:子育てでもそんな風に思います。

だって、人間をひとり育てるんですよ。
絶対に、自分が成長できる。

子育てというと、
「大変だ」「お金がかかる」とか、
ネガティブな言葉だけが流通している。

絶対、素晴らしいことだから、
体験できるなら体験したほうが
良いと思います。


まだまだできることは少ないけれど、
世の中をポジティブな
方向に変えていきたい。



---

「私にもその景色を見させて」


---

―絵美ちゃんは
文化と文化だけじゃなく、
人と人もつなげることが
できちゃうよね。

これには
つながる歓びを誰よりも
知っている
という点以外にも
もうひとつ、秘密があったのかな
と思っていて、

絵美ちゃんは、
「切り口」という言葉に代表されるように、
 
物事の本質とか法則を見つけるの
が得意だよね。

だからきっと、どんな人とも
うまくやれちゃうし、

人と人、ついには、
文化と文化をもつなげられちゃう
んじゃないかと思います。



絵:あー、法則見つけるのとか、
好きです(笑)

多様なセンスを持った人
が生まれる時代に
色んなものを見てきたのは
良かったと思います。

縦も横も、
いろんな人とつながりが広くて、
守備範囲がとにかく
広いんですよ、私。



―会社でいうと、事業部というより
経営企画部で、
軍隊でいうと参謀。

化学反応を起こす触媒というか、
花粉を運ぶミツバチのような
存在だと感じました。



絵:周りの人が輝くのは好きですね。

成功して
「私にもその景色を見させて」
と思ってます。

子育ても少しずつ落ち着いてきたので、
様々な分野で活躍している方との対談とか、
以前のようにまたできたら嬉しいですね。



---

「ギーク・イズ・ニュー・ヒッピー」


---

―対談とか、絶対向いてるね!
 
ほかにこれからの活動で
チャレンジしていきたいこと
などありますか?


絵:専門性を極められない
コンプレックスとか、
 
自分で何かをつくりたい
という憧れは、ずっとあって。

作品づくりには
チャレンジしていきたいです。

実際に、
それで、アニメ作品の製作
に参加させていただいてたり、
作詞作曲をさせてもらってたりと、

実際に動き始めてるものもあります。



―アニメとか観たりするの?



絵:はい。

実は、小さい頃は父の影響で
アメリカのアニメばかり見ていて、

日本のサブカルのカッコ良さを
知ったのはその後なので、

順番としては
逆輸入的発想なのですが。

これまでのカウンターカルチャーって
ウラハラとか、
どちらかというと洋風なものが
多かったと思うのですが、

日本発がカッコいいなら
そっちの方がいいじゃないですか。

『ギーク・イズ・ニュー・ヒッピー』ですよ。
オタクがカッコいい。

自分もものづくりに関わりながら、
そういう情報発信ができたらいいな
と思います。



(写真提供:ご本人)
※上の写真は、本人嫌がってたけど
無理言って掲載させてもらいました(^_^;)


 ★ ★ ★

(編集後記)
とにかく、キレキレ。

変に力は入ってなくて、
それでいて要点は外さない。

彼女は、

人に支えてもらうことの
素晴らしさを、
深く知っているというほかに、

持ち前の物事を見る
切り口の鋭さで、

起こっている事柄から、
本質とか法則とかを
すぐに把握して、

考えの軸をつくってしまう。

軸があるから、
そこに相対性が生まれて、
 
ふたつのものを繋げられる。

しかも、
小さい頃から色んな感性に
触れているから、
 
人が歩くときに足を上げるように
それを自然にできる。

そんな『繋げる』名手である彼女から、
これからも目が離せない。





twitterアカウント (@gyorome)

 

プラットフォーム型アイドルに、高度に同居する論理と感性

前回からの続き。

幼少期から
ファッションやデザインに触れ、

留学をきっかけに
女子高生フォトグラファーとして
活躍していった草野絵美さん。

今回はその秘密に迫ります。





---

「直感はロジックの極み」

---

―何がそんなにウケたんだと思う?



草野絵美さん(以下、絵):
特に成功した訳でもないので
おこがましいですが、

強いて言うならば、
単に、行動力と文脈
ウケたんだと思います。

制服着た高校生が街で写真とって
CNNとかに売っている、っていうのが
面白がってもらえただけだと。



―確かに、行動に移すことや、
そもそも文脈に沿って行動する
ことって大事だよね。

でも、それだけじゃない気がする。

才能じゃないの?



絵:私って、昔から飽きっぽくて、
 
写真の手軽さは
切り口で勝負する私に
合っていたのだと思います。


―文化的な広がりを
縦と横の軸で考えるなんて、
普通の高校生の発想じゃないよ(笑)

何ていうか、感性だけじゃなくて、
そこに理屈が通っている。


絵:うーん。

小さい頃から触れてきたのが、
抽象画とかではなく、

デザインの資料だったのが
良かったのかもしれません。


―デザインには機能美があるというか、

徹底的に便利にすることで、
結果的に見た目も美しくなる、
というようなところがあるからね。

それと、もしかしたら、
写真で空間を切り取る、ってことは、

世の中を言葉で切り取る、ってことと、
共通のものがあるのかもしれない。

写真が、ある3次元空間から
2次元平面を切り出すように、

知らず知らずのうちに
起きている事象から次数を落として
帰納的に本質を導く力
ついているのかも。


絵:切り口で勝負する人間
だとは思います。

だから、ラジオとか雑誌のお仕事で、
対談するのは楽しい。

予備知識が少なくても、
色んな専門分野の人と
話をするのとかは
得意かもしれません。


―うん、そういう「切り口」とか、
さっきの「行動力と文脈」とか、

そういうの言葉がみつかる
切れ味のよさが魅力だよね。


絵:ありがとうございます(笑)

あんまり頭で考えてる
わけではないのですが、

educated guessというか、
直感はロジックの極み
だと思ってます(笑)


---

私が凄いわけじゃない

---

絵:でも私、長い時間をかけて
地道に何かをつくりあげていくことは
あまり向いてないし、

バレエは10年やってたけど、
一番下手だったし、
勉強も英語しかできなかった。

もちろん、だから写真が向いていた
というのもあるし、

英語しかできなかったから留学した、
というのもありますが。

だから、
ひとつのことを極められる人が、
羨ましいんです。



―普通の女子高生に比べたら
十分、極めてたと思うけれど。



絵:これまでも、周囲の方々に
助けてもらって充実した日々を
送ることができたので、

自分でなにかをつくるというより、
みんなと一緒にいいものを
つくってくことの方が好きです。


―なんか、
(AKB総選挙で1位になった)
指原さんみたいだね(笑)

時代が生んだ、
プラットフォーム型アイドル(笑)



絵:(笑)
でも、指原さんはコンテンツも
生み出してると思いますよ。

私も私なりに
何らか作品をつくっていくところに
関わっていきたいと思います。



―絵美ちゃんは、今後、
どんなものをつくっていきたいの?


絵:つくるとしてもパロディとか。
今は、趣味ですが、
新しい音楽の作詞作曲に
チャレンジしてるんですが、

レトロなものと、今風のものを
掛け合わせるのが好きなんですよ。



―いいと思う!
短期決戦が得意だもんね(笑)



---

「子育てだって、ひとりでやるもんじゃない」

---

―今どきは、周りに頼らず
どちらかというと
自分で抱え込んでしまって
苦しんでいる子も多いよね。

そういう意味では、
『助けてもらおう』って
素直に思える
こと自体も
素晴らしいと思う。

もちろん、周りに助けてもらえるのは、
絵美ちゃんに魅力があるから
だと思うけれど。



絵:ありがとうございます(笑)

周りに助けてもらっていい、
というところでは、
子育てだってそうだと思うんです。



―そういえば、この間、
無事、出産したんだよね。
おめでとうございます。

0歳児なんて、大変じゃない?



絵:それが、思ってたほどは
大変じゃないんです(笑)

もともと手がかからない子だという
ところもありますし、

まだ0歳だからこの先どうか
わからないことも多いですが、

でも、今の時代だからこそ
無理をせずできる子育てのやり方も
あると思います。



―子育てって楽できるもんなの?



絵:意外と迷信みたいなのも
多いんですよ。

すぐに抱くと抱き癖がつくとか、
ほっといたほうが我慢強くなるとか。

逆に、泣いてるのをほっとくと
よくないとか。

謎の精神論が多い。

無駄を省いたところで
愛情が薄くなるわけではないし、

効率化できるものは
効率化すればいいと思ってます。


例えば、
我が家は、子供が勝手にミルクを飲める
哺乳瓶ホルダーみたいなのを導入していて、
これは双子のママに教えてもらいました(笑)



―おお。そんなのあるんだ。
子育てでも、周りに助けてもらうことってある?


絵:はい。

産後まもなくは実家にいましたが、
帰宅後は旦那も日中はいないので、

久しぶりに会いたかったけど
なかなか会えない友達と
ランチの約束を2、30回入れて、

毎回違う友達に
ご飯を持ってきてもらったり、
作ってもらったりしながら
体力回復しました。

 
あと、息子のフェイスブックページ
をつくったんですが、

直接知り合いで無い方にも、
多くの方に見守っていただいています(笑)



―へ?
お子さんのフェイスブックページ
つくったの?


絵:はい(笑)
自分のページにアップすると
子どものことばかりになってしまうので。
見たい人が見て楽しめるような
コンテンツとして作りました。

それで、アマゾンに
「ウィッシュリスト」っていう機能が
あるのですが、

そこに、ミルクやら子どもの遊び道具やら
色んな物を入れて、
そのフェイスブックページと
自分のアカウントでお願いしたら、

お祝いにと皆さんから
色々と買っていただきました。
本当に有難いです。



―そ、それは凄い
(↑買ってあげてない人)



絵:そんな風に周りの方々の
ご協力があって、
子育ても順調です!

なので、そろそろお仕事も
少しずつ増やしていこうかと思ってます。


(写真提供:ご本人)

 ★ ★ ★

(編集後記)

同居する高度な論理と感性が
周りの人を惹きつけてやまない彼女、

最終回の次回は
今後の活動の方向性について
聞きます!



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Girls, be ambitious!(4)―マルチ・クリエイター 草野絵美

今回は、

もともと女子高生フォトグラファーや
ラジオパーソナリティとして活躍し、
 
大学に通う傍ら、起業や出産を経て
今もマルチに活動を続ける

草野絵美(くさの・えみ)さんに
話を聞いてきました!





---

留学で気づいたトーキョーの特殊性

---

―お久しぶりです。
まず、最近の活動内容を教えて下さい!



草野絵美さん(以下絵):
中心は、育児と学業ですね(笑)
でもその傍ら、お仕事も続けてます。

昨年、玉城ティナちゃんを輩出した
講談社さんの『ミスiD』の
審査員のお仕事とか、

また詳しくは言えないんですけど、
アニメ業の界のお仕事。
あと作詞作曲とか。



―相変らず幅広いね。
もともとは写真家として
活躍してたんだっけ?



絵:はい。

高校生の頃に、
CNNなどの海外メディアに
載せてもらうためのストリートスナップ
を撮っていたのですが

だんだんと
色々なメディアやイベントなどに
呼んでいただけるようになって、

大学生になってからは
ラジオのパーソナリティも
やらせていただきました。



―高校生の時から!?
それって、どういうきっかけなの?



絵:写真については、
留学がきっかけになりました。

高2の時にアメリカのユタ州に
留学したのですが、

それが、
東京の特殊性、ユニークさ
に気づかせてくれたんです。



―わかるわかる。
東京って実は凄い面白いよね。

高校生の絵美ちゃんから見て、
ユタ州と東京は、どんな風に違ってた?


ユタ州は、モルモン教の本部があって
私が住んでいたところも
モルモン教徒の方が多く、

宗教を中心としたまとまりがある
一方で、

時間軸ではみんな、いろいろな
カルチャーに触れてました。

(アメリカは地上波ではなく)
ケーブルテレビ中心なんで
みんな過去の映画をいっぱい見ていて、

ラジオでも、
懐メロがいっぱいかかってるんです。

新しい曲は、F words
(注:4文字のアレ。
つまり、そういう下品な言葉)
が入ってるから、
あんまり流れてなかったんですよね。



―そうなんだ!
日本では過去のコンテンツって
そこまで日常的に消費されてないもんね。



絵:その代わり、東京では、
あんまり過去のものに
目を向けないけれど、
『今』の文化に多様性がある。

下北沢から渋谷、
六本木へと移動するだけで
カルチャーが全然違う。

つまり、カルチャーという点で

ユタ州は、時間軸で
『縦』の繋がりが深いんだけど、
 
東京は『横』に広がっている。

そこが面白いと思ったんです!



---

写真は空間を切り取る最高の道具

---

―なるほどー。
てか、当時から、そんなこと考えたの?



絵:はい。



―すごい洞察力を持った
高校生だったんだね。



絵:そうですかね(笑)

両親も、デザイナーとイラストレーターで
作り手だったので、
家にあったたくさんの画集をはじめ、
ファッションとかデザインの資料など、

幼少の頃から色んな感性に
触れてきたのが
良かったのかもしれません。



―写真は子どもの頃から好きだったの?



絵:はい。

きっかけは、『ブライス』という
ファッションドールでした。

もともと
ビンテージのバービーを
ガラスケースにいれてるような子
だったのですが、

好きな服を着せて、
スタジオみたいなのをつくって、
その写真を撮っていたことが
はじまりです。



―それ、ガンダムのプラモデルで
俺もやったことある!

小学校の自由研究で。



絵:そうなんですか!

その時は、
写真そのものが作品
というよりも、

写真を媒介にした
世界観表現という方が
近いのかもしれません。

当時から、
じっくり時間をかけて何かをつくりこむ
集中力がある方ではなかったので、

手っ取り早く空間を
切り取れることが魅力でした。



―なるほど。
色んな芸術に触れてきたというだけでなく、

写真で空間を『切り取る』ように、
物事の切り口も鋭くなっていたのかも
しれないね。



---

誕生!女子高生フォトグラファー

---

―それで、留学から戻ってきてからは、
東京のカルチャーを『切り取る』ように
なった、と。



絵:はい。

当時高校生の私には、
東京はユタ州よりもずっと
自由度が高いように感じられました。

そこから帰ってきたら、
「何でもできるじゃん」って思った。

まず、ストリートスナップを撮って
インターネットで公開するようになりました。

そのうちにファッションショーの取材を
お手伝いする機会もいただけるようになり、

イベントのカメラマンブースでは
海外メディアの特派員の方々にも
親しくしていただきました。

特派員の方々は、
日本に常駐していない方も多いので、
「いい写真があれば買い取るよ」
と言っていただいて。

そうしてCNNなどの海外メディアにも
写真を使っていただいたり、

ミュージシャンの方の
写真を撮らせていただいたりして
フォトグラファーとして活動の幅を広げながら、

ラジオ番組への出演や雑誌連載など、
色々なメディアへも出させていただけるように
なりました。


当時の彼女
(写真提供:ご本人)


 ★ ★ ★

(編集後記)

幼少期から
ファッションやデザインに触れ、

留学をきっかけに、
女子高生フォトグラファーとして
活躍していった彼女。

次回は
その秘密に迫ります!



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本当の仲間、本当の絆

前回からの続きです。

ひょんなことから、
アイドルになった柴田珠実さん。

はじめは積極的になれなかったが
新しく結成されたユニットの初舞台で
彼女の負けん気に火がつく。

でも彼女には事情があって・・・?
 




---

アイドルなのに、スペインへ?

---

―みんなに内緒にしてたこと
って?



柴田珠実さん(以下た):
実は、
秋からスペインに留学に行く
ことが決まってたんです。



―え・・・。そうだったんだ。

折角、エンジンがかかった
ところだったのに?



た:はい。新しいユニットで
これから頑張っていこう!
という時期だったので、

みんなにはとても
言えませんでした。
 
出発の3日前まで
言えなかった
んです。



―3日前!?



た:はい・・・。



―それで、結局?



た:(スペインに)行きました。

メンバーのみんなは
私の事情も汲み取ってくれて
やさしく送り出してくれましたけど、

正直、胸の中は複雑だったと
思います。



―それはそうだよね。でも、
珠実ちゃん自身も辛かったでしょ。



た:それは、自業自得なんで。

ただ、
ファンの方々や
メンバーのみんなには
本当に申し訳なくて。

行く直前まで、
大学中退するか迷いました。



―大学中退は、さすがに
親が許してくれないよね。



た:そうですね。
親はもともと私のアイドル活動には
反対でしたし。

行かないと大学に
いられなくなってしまうので
泣く泣く行きましたが、

留学に行くのは本当に嫌でした。



---

実は、留学は二度目。一度目は・・・

---

―ひとりでスペインに行くとか、
寂しくなかった?



た:実は、留学は二度目だったので、
DIOのことを除けば、留学自体は
それほど問題じゃなかったですね。



―そうなんだ。
高校の時とかにも留学してたの?



た:はい。高校2年生から
卒業するまでの1年半ほど、

オーストラリアに行ってました。



―へえー。
オーストラリアと言えば、シドニー?



た:いえ、
エアーズロックの近くです。



―ふぇっ!?



た:アボリジニアートの勉強
に(笑)
 
途中からタスマニア
移りましたが。



―タ、タスマニア? 
どうしてそうなった?

(というか、どっから
突っ込んだらいいんだろう・・・) 



中学に入ってからは、
シンクロをやめたことを
ちょっと後悔して、

自分が好きなことは何だろう?
って考えた結果、
絵を描くことが好きだったので
美術の勉強を始めたんです。

それで、留学に行ったんですね。



―相変らずガチだね。
てか、自己分析する中学生
って、凄いね・・・。

エアーズロックの近くに、
ひとりで行ったの?
日本人、全然いないでしょ。
ホームシックにならなかった?



た:なりましたね。
基本的なことが話せないから、
最初は友達も全然できないし。

親に話すのも情けなくて、
はじめはずっとひとりで泣いてました(笑)

ノートにやり場のない
気持ちを書きなぐって、

ストレス解消したりして。

留学といっても、
カリキュラムとかもないんですよ。

アボリジニアートも、

クラスにいる
アボリジニ(原住民)の子に頼んで、
家にお邪魔したりして、
自分で勉強していくしかないんです。

おうちにお邪魔した時は、
芋虫もおいしく
いただきました。



―!!
(↑どうでもいい情報だけど、虫は苦手)



た:まあ、最終的には
すごい楽しかったんですけど、
最初は大変でしたね(笑)



---

Dioで出会えた本当の仲間

---

―そこで乗り越えた経験
があったから、
留学自体は慣れてたんだね。



た:はい。ただ、2回目は、
本当は留学なんかよりも、
とにかくDIOの活動を
続けたかったです。



―留学するってことで、
DIOは一回、辞めたの?



た:それが、みんなは 
留学に行った私を
DIOのメンバーで
いさせてくれたんです。

みんなからしたら、私って
普通は裏切り者じゃないですか

それなのに、
形の上だけじゃなくて、
 
「DIOでこんなことがあったよ」
と連絡くれたりとか、

「今度こんな企画あるんだけど、
どう思う?」とか、

聞いてくれたりして。



―それは嬉しいねぇ。



た:留学前は、
ダンスの特訓だけじゃなくて

最初はライブのお客さんも5人
とかの時もあって、

一緒にチラシ配りもしましたし、
そんなふうに苦労をともにして、

みんなとは、2ヶ月ほどだったけど、
とっても濃い時間を過ごせたことが、
良かったのかもしれません。


小学校のシンクロの時はもちろん、
中高も女子校でしたし、

それまでも比較的女の子だけの
集団にいることが多かったのですが、

私にとっては、はじめて築けた
強い信頼関係でした。



―ブロードバンドの売り子の
アルバイトの面接に行ったはずが、
ひょんなことからアイドルになっちゃった
って感じだったけど、

そのお蔭で、
本当の仲間に出会えたんだね。



た:ひとりいない状態になったDIOは
新曲を出すこともできず
 
それまでの持ち歌のまま
頑張ってくれて、

それでも、こんな私を仲間として
大切にし続けてくれました。

私もせめて何かしたくて、
 
スペインでは、サルサダンスとか、
役に立ちそうなことをやって、
帰国の時に備えました。



―みんな、待っててくれたんだね。



た:はい。10ヶ月後、
みんなは本当に、帰国した私を
受けいれてくれました。



―DIOの仲間は、最高の宝物だね。
 
今の目標は?


た:メジャーデビューですね。
私が留学に行ってしまってたせい
もあって、
 
もう、そんなに時間がありません。

今年中に
メジャーデビューを果たしたい
と思います!



現在のDIO
(写真提供:ご本人)


 ★ ★ ★

(編集後記)

肝心なところで
スペインに留学せざるをえなかった
アイドル、柴田珠実さん、

仲間はそれでも彼女を
見捨てなかったどころか、

彼女の留学中も
変わらず仲間として
大切にしてくれたという。

今度は、自分が応える番だ――

必勝の信念で
仲間とおんなじ夢に向かう、
彼女の瞳はまっすぐで、強い。



Girls, be ambitious!(3)―留学するアイドル 柴田珠実

今回は、

『DIO』と『愛ネク11』という
2つのアイドルグループ、そして、

伊豆大島の観光大使『ミス椿の女王』
としても活動中の

柴田珠実(しばた・たまみ)さんに
お話を聞いてきました!



---

ひょんなことからアイドルに

---

―はじめまして。
まず、いきなりですが、
アイドルってどうやってなるの?



柴田珠実さん(以下た):
大学1年生のときに
ネットでブロードバンドの
キャンペーンガールの求人
があって、
 
それに応募したところ、

面接で「歌とダンスできる?」
って聞かれて、

「あれ?」って思ったんですけど、
「あ・・・はい・・・」
とかって答えてたら、

瞬く間にどんどん事が進んで、

気がついたら、
『愛ネク11』というグループで
アイドルをやることになってました(笑)



―そんなことってあるんだ(笑)
 
最初はアイドルやりたくて
始めたわけじゃないんだね。

でも、そんなにいきなりできるもんなの?



た:もともと目立つのがあんまり
好きじゃなかったし、

正直、最初のうちはグループにも
とけこめなかったですね(笑)



―華やかに見えて、辛い仕事だよね。
辞めようとは思ったことも?



た:いつも思ってました。

悔しいから、
しばらく頑張ってたんですけど、
やっぱり辛くて・・・。

社長に
いつ「辞める」って
言いに行くかを
考えてばかり
いました。



―それで、言いに行ったの?



た:実際には、ちょうど
「もうだめだ、言おう」
と思ったくらいの時に、

ユニットが結成されたんです。

私を含めて4人のユニット、
これが、
現在も所属している『DIO』です。



―もうダメだっていう、
間一髪のタイミングで、
変化が訪れたんだね。

4人になって、何か変わった?



た:はい。実は、
この時をきっかけに、

自分が引っ張っていかなきゃ!
って気持ちになりました。



―そうなんだ!
いったい、何があったの?

だって、もともとアイドルをやるつもりが
無かったんだよね?



た:お披露目のライブがあったんですけど、
その出来が良くなくて。

「これはやばいぞ」
って思ったんですよね。

振りはバラバラだし、
恥ずかしくて下向いてる子もいたくらい。

ずっとダンスをやってきた
自分が引っ張っていきたいって、
そんな風に思えたんです。



---

いつでも、全力投球、真剣勝負

---

―あ、もともと、
ダンスは得意だったんだ?




た:得意というか、
ダンスに近いことをずっとやってきた
っていうのはありました。

最初は小学校の頃に
水泳のシンクロをやって、

その時はシンクロのために
バレエとかジャズダンスとかも
習ったりしてましたし。



―シンクロのために
他のダンスを習うとか、
結構ガチだったんだね。



た:はい。全国目指してましたから。

当時は朝4時から朝練で、
学校終わったらすぐ練習。

小学生なのに、
友達の誕生日会も
行ったことなかったですね。



―すごい小学生だね。
遊びたくならなかったの?



た:負けず嫌いだったんだ
と思います。

それと、
成功すると褒められるのが、
すごく嬉しくて。



―結局、全国には行けたの?



た:小学校6年生の時に
ついに予選を通過して、

全国大会への切符を
手にしたのですが、

チームで問題がおきて、
出場できなくなってしまいました。

私は直接は関係なかったのですが、
チームには女子だけで
何十人もいたので、
色々と問題もあったんですよね。



―それは残念だったね・・・。
シンクロはその後も続けたの?



た:中学に入った時に辞めて、
ダンス部に入ったんですが、

普通の学校の部活だったので、
「シンクロやめなきゃよかった」
ってちょっと思ってました。



―それでも、ダンス部で
ダンスは続けたんだね。



た:はい。大学でも、
突然アイドルになるまで(笑)は

かなり真剣に
社交ダンスに打ち込んでた
んですよ。



―そうなんだ。
 
そんな風にいろいろなダンスに
全力投球してきた
珠実ちゃんにとって、
 
新しくできたユニットでの初舞台は、
納得いかない出来だった。



た:はい。
その日から一気に、
アイドル活動に打ち込みましたね。

でも、実は、みんなに
内緒にしていたこと
がありました。

私にはもう時間が無かったんです・・・。


つづく 



当時の彼女(右から2番目)とDIOの面々
(写真提供:ご本人)


 ★ ★ ★

(編集後記)

ひょんなことから、
アイドルになった彼女。

はじめは積極的になれなかったが
新しく結成されたユニットの初舞台で
彼女の負けん気に火がつく。

でも彼女には事情があって・・・?
 

次回につづきます!



無駄なようで、実は無駄じゃないもの

 
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新卒外資コンサルを経てIT企業経営者となった著者が現在進行形で学習・実戦中の戦略・組織論やサブカルやネット関連動向などの備忘録。中二病注意。
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